ブラック企業が描かれていることは十分承知の上でページをめくるにもかかわらず、
使用者がすずしげな顔で発する言葉の数々に、気持ちが持っていかれそうになる。

「たしかに働きすぎて命落とすやつはいる。けど、そいつら救って本当に世の中ってよくなるのかな」


本作の主人公は過重労働撲滅特別対策班、通称「かとく」(作中では「カトク」)の一員である労働基準監督官の城木忠司


過重労働撲滅特別対策班とは、2015年(平成27年)4月に新設された、大企業などの過重労働事案に対応する専門チームである。

各労基署の捜査は管轄の支店ごとに行われるのが通常であり、過重労働だけでなく安全衛生管理体制なども含め幅広い法違反が監督対象となる。

一方で、かとくは、違法な長時間労働が複数の支店にわたって行われているような場合に、各営業所の管理体制の不備を超えた本部の意向や会社の体質そのものに原因があるとして、法人全体を捜査の対象とする点に特色がある。

また、個々の労基署の監督が監督指導・是正勧告を主目的とする(そのため、改善効果にはおのずと限界もある)のと比べて、かとくはとりわけ悪質な事案について、送検(事件として検察庁に送ること)を目的としている。

現在、東京労働局と大阪労働局に置かれたかとくチームのメンバーはそれぞれ10人に満たない、少数精鋭の陣容で構成されている。

今回城木が対峙する相手は、

・住宅メーカーの東西ハウジング
・大手広告代理店のディーツゥードゥ
・IT系企業のコンクラーベ

の3社。


長時間労働は、労働者の心身を蝕み、時には過労死にまで至らせる大変危険なものだ。

一方で、「労働時間」というテーマは、本音と建前、各人の労働観に直結する、一筋縄ではいかないものでもある。

ときにアルコール依存症一歩手前まで酒に溺れながらも、迷う城木の姿が、その難しさを端的に表している。



自身の成長のために働いているのだから口を出されては困るという労働者、
この程度の働き方で根をあげるならば、単に社風に合わないのだと主張する上司、
公務員という立場で安全地帯から勝手なことを言うなと非難する中間管理職、
その日暮らしの生活を余儀なくされているベトナムの人々に比べたら、比較的贅沢な悩みではないかと問いかける起業家、
労働時間を抑制しようとする甘ったれたあり方が日本を衰退に追いやっているのだと主張する社長、
批判を逸らすためのポーズとして形だけ送検業務をしているに過ぎないのではと批判するマスコミ…


だが、迷いはすれど、監督官としての仕事を疑うことはない。さまざまな立場がある。本音も建前もある。けれども、人の命・健康以上に死守すべきものはない。


「我々がやろうとしていることは、誰もが、少なくとも日本という国で働くあらゆる人々が安心安全快適に暮らせる社会にしたい、ただそれだけのことです。お金稼ぎを否定しているわけでも、財産を奪い取ろうとしているわけでもありません。いくらでも経済活動をしていただいてかまわない。こちらが否定できるはずもない。ただし、そのためにひとの命や健康を犠牲にすることだけはしないでもらいたい、それだけなんです」


現実に打ちのめされそうになりながらも、自分たちの仕事とあるべき未来を信じて、地道に取り組む姿勢を私も取り続けたい。





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作品紹介


大企業の過重労働を特別捜査する東京労働局「カトク」班の城木忠司は、今日も働く人びとのために奮闘する! ブラック住宅メーカー、巨大広告代理店、IT系企業に蔓延する長時間労働やパワハラ体質。目標達成と“働き方改革”の間で翻弄されるビジネスパーソン達を前に、城木に出来ることは?時代が待望した文庫書下ろし小説。
(裏表紙より)