夜を乗り越える (小学館よしもと新書) [ 又吉直樹 ]

価格:885円
(2018/11/4 07:15時点)


又吉直樹さんが「なぜ本を読むのか?」について思いっきり真摯に向き合って言語化した一冊。

サッカーW杯の時などに「にわかファン」という言葉が揶揄の響きを持って用いられるのと同様に、自分の中でもどうしても、熱心で正確でタイムリーなあり方ばかりを正解視してしまうきらいがある。
読書についてもそんな無意識が影を落として、本を読むことは「楽しい」と思うものの、果たしてそれが「正しい」あり方なのか、これまであまり自信が持てないでいた。

また、「凄い」書評を読んで、自分には到底こんなアウトプットはできないと打ちのめされたことは幾度となくあったが、たとえ拙くとも自分の思いや感想を書きとめたい、と奮い立たせ、実際に書き起こすまで背中を押し切ってくれたのは、この本が初めてに近かったと思う。


ノンフィクション作家である野村進さんの『調べる技術・書く技術』という本の中で、「ペン・シャープナー」を持つことが紹介されている。
「ペン・シャープナー」とは、ペンを鋭くするもの、つまり、「さぁこれから書くぞ」という時にきまって読むことで、書くモチベーションを高めてくれる文章のことだ。ルーティーンとしての役割も持つ。
尊敬する作家の文章であったり、過去に自分が書いた文章であったり、選ぶものは人によってさまざまであるが、私のそれは、この『夜を乗り越える』の第3章である。

(後に又吉さんの『第2図書係補佐』も加わった。各エピソードの最後に、忘れていたかのようにスッと本が手渡されるような構成になっている。)

第3章(「なぜ本を読むのかーー本の魅力」)では、本に対する又吉さんの姿勢が綴られているが、
そこに一貫してあるのは、「この世におもしろくない本なんてない」、おもしろいかどうかは「本」の側(だけ)ではなく「自分」の側に責任がある、という姿勢だ。


"どうせ読むなら、楽しむという指標において、本+自分の読み方の総合点では誰にも負けたくないです。誰よりもおもしろく読みたい。(P128)" 


二つの気付きを得た。

まずは、本に対する敬意。おもしろいかどうかを決めるのは、自分の読み方次第だという、ストイックで自分に正直なスタンス。
本の中に確固たる正解があって、それを探し出そうとするのではなくて、本から新たな視点を得るために、読む。
「本」という一軸じゃなくて、「本」と「自分」という二軸体制だという意識。

そして、「正しく」読むのではなく、「おもしろく」読む。
当然ながら面白おかしく読むとかそういうことではないけれど、こうあらねばならない、ということはない。間違えてもいい。
今書いていることはもしかしたら「間違っている」かもしれないけど、ものすごくおもしろく、読めている、という自信がある。


「猫を好きな人に悪い人はいない」って言うように、
この本のトーンが好きな人には、少し安心して心を開けるかもしれないと思っている。


「読書」という熟語の成り立ちは「書を読む」であることは承知しているが、「読んで書く」という意味でイメージするようにしている。書くために読む。



夜に薄暗い部屋でばかり読んでいたので、裏表紙が初回限定カバーになっていることに今さら気づいた。
最初に目に飛び込んできたのが又吉さんの長髪だったものだから、失礼極まりないことであるが、咄嗟に『羅生門』の老婆のそれを想起し、「ヒッ」と声が出た。
これは、単なる「間違え」…。
IMG_7430
IMG_7433

作品紹介

芸人で、芥川賞作家の又吉直樹が、少年期からこれまで読んできた数々の小説を通して、「なぜ本を読むのか」「文学の何がおもしろいのか」「人間とは何か」を考える。また、大ベストセラーとなった芥川賞受賞作『火花』の創作秘話を初公開するとともに、自らの著作についてそれぞれの想いを明かしていく。「負のキャラクター」を演じ続けていた少年が、文学に出会い、助けられ、いかに様々な夜を乗り越え生きてきたかを顧みる、著者初の新書。 
(本書袖部分より)