2018/11/02 町田徹のふかぼり! ラジオNIKKEI第1 を元に作成

元徴用工への賠償命令。なぜ、何度も蒸し返されるのか?




ニュース紹介


韓国人4人が第二次世界大戦中の強制労働を理由に損害賠償を求めた裁判の差戻し上告審で、韓国の最高裁にあたる大法院は火曜、新日鉄住金の上告を退け、4人に請求通り合計4億ウォン、およそ4000万円の支払いを命じました。
ご存知の通り、この種の裁判は何度も蒸し返されて延々と続いてきました。

1965年に14年間の交渉を経て日本と韓国は国交を正常化。その際両国は、日韓請求権協定を結んでいます。
この協定には日本が韓国に対して、無償3億ドル、有償2億ドルの合計5億ドルの資金協力をする代わりに、両国およびその法人を含む国民の財産、権利および利益、ならびに両国およびその国民の間の請求権に関する問題は、完全かつ最終的に解決することとし、いかなる主張もすることはできない、と定めています。
日本政府は、この協定に基づき、元徴用工や慰安婦の問題について個人の請求権問題は解決済み、との立場を一貫して取ってきました。


日本政府の立場に反し、何度も蒸し返されている理由は?

問題の発端は、韓国政府が個別に国民に支給すると日本に説明して獲得した3億ドルの無償資金をインフラ整備に回してしまったことにあります。これにより、1960年代前半まで最貧困国の一つだった韓国が短期間に経済成長と民主化を達成して、「漢江(ハンガン)の奇跡」と呼ばれました。
こうしたことは、1965年の日韓国交正常化の立役者として知られる韓国の金鍾泌(キム・ジョンピル)元首相も生前認めていました。


韓国政府が個人に対して補償金を支払わなかったのが発端?

そうですね。そして1997年に元徴用工らが損害賠償を求め大阪地裁に提訴。この裁判は原告敗訴が確定したのですが、以後、同種の裁判が繰り返されることになります。
そこで2005年に盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権が、日韓国交正常化に至る外交文書を公開。日本による朝鮮半島統治時代の補償について、韓国政府が韓国民への補償義務を負うと確約していたこと、つまり、それまでの韓国政府が国民への説明を怠ってきたため、日本政府に対する個人補償の要求が続いていたことなどを明らかにしました。

そして、元徴用工が日本企業に賠償を求める問題は、日本企業ではなく韓国政府が責任を持つべきものだとの認識も示していたわけです。
この見解は、国家間の取り決めは国内のルールに優先するという国際社会の常識にも合致していました。


どうして問題が後を引いているのか?

盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権の豹変が大きいですよね。
先ほどお話ししたケースの2ヶ月後、世論の反発に耐えきれなくなって、「請求権問題は協定で消滅しているが、人類普遍の倫理から日本には賠償責任がある」、と態度を豹変したからです。

これを受けて、この年に3つ目の裁判が勃発。元徴用工が現在の新日鉄住金に損害賠償を求める裁判がソウル地方地裁に提訴されました。
ですがこの時点ではまだ、韓国の司法は歴史的経緯を尊重しており、一・二審とも原告が敗訴しました。

ところが2012年、韓国の最高裁が初めて「個人請求権は消滅していない」との判断を示し、元徴用工の賠償請求を退けた二審判決を破棄、審理を差し戻しました。
その理由は、「日韓請求権協定は、両国間の債権債務の関係を政治的に解決する取り決めに過ぎず、不法な植民地支配に対する賠償を請求する交渉ではなかった」として、個人請求権消滅について両政府が合意していた証拠が十分でないという論理でした。

そのため、2013年には高裁が差戻し控訴審で新日鐵住金に賠償を命令。今年8月、差戻し審の判決を不服とした新日鉄住金の上告審の審理を韓国の最高裁が開始。
そして今回、韓国の最高裁は、新日鉄住金の上告を棄却、損害賠償を命じる判決が確定しました。この判断も2012年の見解を踏襲しています。


この最高裁判決では日韓請求権協定をどう判断しているのか?

日韓請求権協定は日本の不法な植民地支配に対する賠償を請求するためのものではなく、日韓両国間の財政的・民事的債権債務関係を政治的合意により解決するためのもの。日韓請求権協定の交渉過程で日本政府は植民地支配の不法性を認めず、強制動員被害の法的賠償を根源的に否定。そのため、日韓両政府は日本の朝鮮半島支配の性格に関し、合意に至らなかった。
こうした状況で強制動員の請求権が協定の適用対象に含まれたとは言い難い、として、歴代の日韓両政府がとってきた「日韓請求権協定で解決済み」との立場は認められず、原告に請求権があると認定しました。

日本での訴訟は全て原告が敗訴しているが、それらの判決の効力についての判断は?
それについては、原告敗訴を確定させた日本の裁判所の判決は、その内容が韓国の善良な風俗やその他の社会秩序に反するもので、効力を認められない、とバッサリ切り捨て。
それ以外の論点についても、日本製鐵に対する損害賠償請求権は新日鐵住金に対しても行使することができるとし、時効についても本件の提訴当時、原告が被告を相手に韓国で客観的に権力行使することができない障害があり、時効が成立したとの被告の主張は権利濫用で許容されず、時効は成立していないとしました。


日本側はどんなコメントを出しているのか?

各方面いろんなコメントが出ているのですが、安倍総理は木曜日午前の衆院予算委員会で「日韓請求権協定で完全かつ最終的に解決している。ありえない判断だ。」と改めて判決を批判。その上で、国際裁判を含め、あらゆる選択肢を視野に入れて毅然として対応していくと強調したほか、「韓国側の尽力も不可欠だ。前向きな対応を強く期待する。」と訴えました。

それから、河野外務大臣は、水曜日朝、韓国の康京和(カン・ギョンファ)外交部長官と電話会談し、日本企業や国民に不利益を及ぼさないよう韓国政府として毅然とした対応をとってほしいと求めました。


当事者である新日鉄住金の反応は?

新日鉄住金は火曜日、判決について「今後判決内容を精査し、日本政府の対応状況等もふまえ、適切に対応してまいります。」とのコメントを発表しています。


韓国政府の反応は?

韓国の李洛淵(イ・ナクヨン)首相は火曜日、司法の判断を尊重し、関係省庁や民間の専門家などと諸般の要素を総合的に考慮して対応策を講じていく、とする政府の立場を発表しました。
日韓関係については未来指向的に発展させていくと希望すると表明したものの、肝心の個人請求権について解決済みとしてきた従来の立場を曖昧にしてしまった格好ですよね。


判決の影響は?

かなりいろいろあるんですよね。韓国では、この新日鉄住金の他に14ぐらい同様の裁判があって、日本の企業がおよそ70社ぐらい被告になっているというんですね。なので今回の判決は、これらの訴訟で日本企業が敗訴する可能性を高めるだけではなく、新たな元徴用工による類似訴訟を誘発しかねない。

それから、当の新日鉄住金にとってですが、喫緊のリスクは韓国等にある資産の差し押さえだと思われます。
韓国が世界に誇る大手鉄鋼メーカーのポスコは、韓国政府が設立時に日本から得た計5億ドルの資金の一部を投じただけでなく、新日鉄住金から多くの技術援助を受けた上、今なお提携関係が残っているんです。新日鉄のファクトブック2018にも、新日鉄住金はポスコ本体に3%程度の出資をしているほか、乾式ガスとリサイクルなどの合弁事業に30%程度の資本を出資していることが明記されています。実際に判決を受けてソウルで記者会見した原告側弁護士が、これらの資産を差し押さえの対象として検討する考えを示唆したと報じられています。もし認められれば、新日鉄住金の韓国での事業展開の障害になるおそれがあります。


この問題をどうみるか?

日本政府や新日鉄住金が主張するように、国際慣行や日韓請求権協定に照らせば、すでに日本からの巨額の資金提供を受けている以上、元徴用工に対する補償責任が韓国政府にあることは明らかですよね。かつて盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権の中枢にいた文在寅(ムン・ジェイン)大統領がそうした経緯や道理を理解していないとは考えにくいんです。
だけど、文政権は2017年の誕生以来、過去の保守系政権の外交の失敗を追及しようとするあまり、元従軍慰安婦問題を含む日韓間の処理済みの懸案を蒸し返すような優柔不断な動きが目立ちます。

韓国政府まかせで建設的な解決策が講じられると考えるのは、楽観的すぎるんじゃないですかね。


どういう解決策が考えられるのか?

国際司法裁判所への提訴など、国際法に基づく解決策を主張して韓国政府に圧力をかけるだけでは不十分で、以前から関係者の間でささやかれていた元徴用工救済のための財団設立構想なんかも真剣に検討する必要がありそうですよね。日本の経済支援を受けて設立されたポスコや韓国政府を軸に、日本の政府や企業も一定の協力をしようという案ですね。
だけど、人道支援の観点からの新たな支援策をとる場合は、本当に今度こそ、韓国側に事態を完全に解決する実行力と意思があるかの確認も怠れないと思います。


番組HP:http://www.radionikkei.jp/fukabori/