今度部屋を見に行く時は事前に言いなさい、と言うと、ミーはその流暢な英語で、「『kill enemy first, report later (まず敵を倒し、報告はその後に)』ってベトナムでは言うよ」と笑いながら言う。(20ページ)




路上ライブをする女性からCDを買った男性が、お礼を言う女性の目の前でCDを投げ捨てて踏み割る、という動画が拡散し、炎上していた。

男性は取材に対して、

「許可なしで路上ライブをやっている方をやめさせたい。」
 「少し逸脱しているとは思っています。ただ、そこまでしないと分かっていただけない現状があるので、僕の中での正義感で動いている感じ。結局、必要悪。」

と話したという。


ライブをしていた女性についても、この男性についても、詳しい事情は一切知る由もないので、ただ想像するに過ぎないが、この男性「の中での正義感」って一体何だろうか。

その「正義感」が向かった先は、路上ライブが禁じられている場所で、注意されるのを心のどこかで恐れながら演奏する女性だった。


そこで、半年前に読んだこの本の主人公、ミワのことを思い出した。


主人公のミワは、国費留学生でITエンジニアの卵であるベトナム人のミーちゃんと一緒に、旅行者用の宿泊部屋を運用している。

「余った自分の部屋を旅行者にシェア」するのが本来の趣旨だが、二人はそれ用に部屋を借りて「運用」している。

厳密に言うと日本の法律上はグレー、というか、厳格に法律を適用されたらアウトなこのビジネスを、ミワは不安な気持ちで続けている。

また、離婚した元夫から、元夫が社長を務める会社の黎明期に、結婚指輪の代わりとして受け取った保有株を手放すよう迫られているという事情もある。
元夫は、ミワのビジネスを違法で不安定なものだと指摘し、このまま続けるわけにはいかないだろう、キャッシュが必要だろうと脅しをかける。

「怪しい外国人がたくさんいる」と警察に通報されたり、出したはずのゴミ袋が家に戻されていたり。

このまま続けていけるのだろうか、自分は、元夫やミーちゃんほど優秀ではないことを痛いほどわかっているミワの迷いは消えない。
だからこそ、株も手放す決断ができない。


自分も超がつくほどの小心者で、ミワの気持ちがよくわかる。

じゃがいもの皮を剥きすぎて食べる部分がほとんどなくなってしまうほどの、慎重派。

ルールは破りたくないし、違反している可能性を誰かに指摘されるのはそれ以上に怖い。

でもそのルールって、「ルールだから」守ろうとしていないか?
もっと言えば、「ルールだから」破るのが怖いし、破った人が憎いんじゃないか?

一度趣旨目的に立ち返って根本的に考えてみるということをしないと、小さい小さいじゃがいもになってしまう気がして。


そんなミワと私にハッパをかけるのが、ミーちゃんの言葉だ。

ミーちゃんは就活面接で「日本の法律で、グレーなビジネスします、って」言う。

ルールは守らなきゃ駄目だよと苦笑する面接官に、こう告げる。


『でも、それじゃあ新しいことにいつまで経っても挑戦できないです。私は道が出来るまで待つなんて嫌です。誰かが、ぎりぎりの挑戦をする誰かが一番偉いんだって、私はいつも思っています。』(97ページ)
 

キルエネミーファースト、レポートレイター。

ミーちゃんの言葉を口ずさんでぎりぎりを攻めたい。

同時に、挑戦する誰かを、考えなくなじることは絶対にやめたい。


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作品紹介


新人登場! 「いま」を描ける才能がここにある。

IT
企業、シェアハウス……クールな文体でスタイリッシュな世界が秘める真実の感触に迫る! 文學界新人賞受賞作&芥川賞候補作。


吉田さん、綿矢さんが、その才能を高く評価しています。

吉田修一 「触れればすぐに破れる「今」という薄い膜に、作者の指は慎重に触れようとしている」

綿矢りさ 「新しい扉を目の前で開けてくれる」


( 文藝春秋BOOKS 作品ページより)